オブネコの人生論ノート

ぼそぼそ産業医 その他MD.PhD.。衣食足りて礼節を知る人を目指しています。

感情にも、力学的エネルギー保存の法則

 彼女は、いつかの圧迫骨折のために円背となっていて、一見して、いわゆるお婆さんだ。整形外科に行っても痛いのは治してくれないし、話も聞いてくれないから行かないと言い張って、でも内科のかかりつけ医にはきちんと通い、膝や腰が痛いと訴えるのだ。自分でも内科でその話をしても仕方ないのは分かっている様だが、体調はどうですか?と聞かれると膝の話をしてしまう。とはいえ、耳も遠くなってきてそもそも会話が成り立たなくなってきた。マスクをしているから余計に、皆んなが何を言っているのか分からない様だ。夫も歳をとったが、なんとか二人で生活を続けている。夫は半身麻痺があり、更に動きは鈍い。最近ではかかりつけ医に通院するのも自分達だけでは行けず、息子と3人で行く事にしている。
 そんなある日、いつものように診察室に親子三人で入ると、高齢の夫は、妻の耳が聞こえず会話が成り立たない事を嘆いた。
「こんな調子で、全然話が通じませんのや。今日かて、補聴器忘れて来よるし、はあ」
ため息をつきながら、夫が主治医に、妻の愚痴をこぼすのは毎度の事。そしてそんな時も、いつもの彼女なら、聴こえていない為に、ぼんやりしている。
けれどその日は違った。
「そんな事言わんといてや。いっつもそう。優しさのかけらもない。」
険しい顔つきで言い放った彼女の様子に、その場の全員が驚いた。
「え?お母さん、聴こえてるの?」
息子が声を出したが、彼女は息子の方を見るでもなく、何も聞こえないと言った風だ。
「こんな風に会話になる事なんてないんですよ。」
という息子。
高齢の夫は、しばし黙り込んでしまった。自分は妻に優しくしてこなかったのだろうか?と自問しているように見えた。
彼女の訴えは続く。
「前までは、ここに来たら、、足の爪を切ってくれたりしたのに、最近は何にもしてくれない。」
「そうでしたか。では、今日は足のケアをして帰りましょうか?」
主治医が提案しても、既に全く聞こえていない様子だ。しかし、彼女なりに皆の様子が変だという事に気がついている様で、さらに不機嫌そうな険しい顔をしていた。

 私は、あの出来事は何だったのだろうと、ずっと考えこんでいる。優しさのかけらもない、と言い放った彼女の険しい顔、当惑と後悔がないまぜになった様な表情を浮かべた高齢の夫を、思い出しては考えている。
 彼女はこれまで、頑固で神経質な夫をこまごまと世話を焼いてきたのだと思う。今では家の中でも何度も転倒してしまう程足腰は弱り、入浴も介助がないと出来なくなっていた。もしかして、「優しさのかけらもない」のは彼女の、自分自身への苛立ちだったのだろうか?誰かに優しくされたいのではなく、本当は優しくしたいのではないだろうか?
なぜなら、私が、いわゆるクレーマーの話を聞いた時いつも思うのは、それはご自身の事なのでは?という事だから。相手に思いやりがないと責める人、大切にされていないと息巻く人、馬鹿にされたと憤る人、それはあなたが自分自身に向けた思いなのでは?といつも思うのだ。大抵のクレーマーは、ゆっくり話を聴くと、それだけで落ち着く。そんな時に、そうですね、あなたは老婆心からお説教をしようとしただけなんですよね、とかいう結論に落とし込んでいくと納得して穏やかになるのだ。そして話を聴いている間に、クレーマーが、本当は自分自身に腹を立てていた事を知ってしまう事になるのだ(しかし、それは決して口に出してはいけない。そういうものだから)。
 人を呪わば穴二つ、とか、情けは人の為ならず、と言うけれど、あれは因果応報というような、呪いや想いがが自分自身に帰ってくるというカラクリを示しているのではなく、最初から自分自身に向けられている事を示唆していると思う。つまり、ありがとうを発する事、それは自分自身に感謝する事と同義で、反対に誰かを非難する時、その怨念は同じだけ自分自身にも向かうのだ。矢が飛んで行く時、それと同じだけの逆向きのエネルギーが弓にかかる様に。まるで人が発する感情に力学的エネルギー保存則が成り立つかの様だが、そう考えないとと平仄があわない。
 そうしたエネルギー保存則を考えると、介護されるだけの存在はとても苦しいものとなるのは容易に想像できる。一方的に与えられるだけでは、エネルギーの流れが滞留して、いつか破綻してしまう。飛ばない矢を抱えたままの弓が、早晩壊れてしまう様に。ではどうしたらいいのだろう。
 彼女にありがとうを言おうと思う。ありがとうを言われることは、つまり言われた人が、優しい何かを出力したという証だから。難聴の彼女には、家族からありがとうを伝えてくださいとお願いしてみようと思う。そう、高齢で聴力が落ちて理解力も落ちた人と多くお会いしてきたが、不思議な事に家族の声は、というより家族の声だけ聞こえる事にいつも驚かされる。ちなみに、ペットの鳴き声で何を言おうとしているのか解ってしまう飼い主も多いと思う。(犬と人を並べると不愉快に思われる場合もありそうなので、これも言わないようにしているが)。ついでに、家族の声だけは聴こえるのね、と言うと、本人もご家族も嬉しそうにされるので、その嬉しさをお裾分けしてもらう事にしようと思う。