オブネココラム

ほそぼそ産業医 その他MD.PhD.。ご放念下さい。

懐かしいけれど、失われた漢字

懐かしいけれど、もうここにはない。

それは、私が小学校を卒業する時に、担任だった先生から贈られた漢字。35年以上も前の事です。その先生は、クラスの生徒それぞれに、漢字を書いて封筒に入れ、卒業記念としてくださいました。全員にそれぞれ違う漢字です。お互いには見せ合わないように、と言われたような言われなかったような。こっそり別の子の漢字を見せてもらって、あ、違うって思ったのを覚えています。

そして私が頂いた漢字は常用漢字ではないのか、とても画数が多い漢字でした。註釈には、ほんの少し教えただけで全てを悟る、聡明な事よりもさらに賢い。みたいな事が書いてあって、聡明さや賢さを指す最上級の漢字であるように思いました。その後ずっと、私はその漢字の事は他人に言えずにそっと大事にしまい込んでいました。なぜって、公立小学校に通う普通のサラリーマン家庭の子で、成績も中くらい、鼻っ柱は強そうだけど、すぐ泣くし、なんて事のない平凡な子供。そんな子の中に、一体どんな知性を見たというのでしょう? あまりにも持ち重りのする神々しい漢字に思えて、なんとなく他人には言えませんでした。
そして年月が経ち、平凡な小学生は医学部に進学し医師となり、さらに大学院に進み博士号を取得、アメリカの医学会で学会発表するまでになりました。とはいえ、まあアカデミックとしてはここまでで、取り立てて誇れる様なものでもなく大学の研究室もずいぶん前に離れたのですが。
 ただ、讃えたいのは、平凡な小学生の中に未来の医学博士の知性を見ていた先生の慧眼です。
 その先生は水彩画家でもあり、少し調べれば消息はわかったので、こんな風に思えるようになってから、連絡を取ろうと考えましたが、残念ながら鬼籍に入られた後でした。
 大切な漢字が入っていた封筒は、阪神大震災で家ごと焼失してしまいました。というのは言い訳で、何十年も前の事って、大事にしてても忘れちゃうんですね。
 私の先生はもういないから、全国の小学校の先生に言いたい。あなた方の炯眼や慧眼の答えが出たり、教え子があなたを本当に敬愛し、感謝の念を抱くようになるまでには何十年もかかるけど、申し訳ないけど待っていて下さい、と。
 その漢字は、一見すると、興味の興、のような形で画数が多く、読み方は、エイ?、コウ?だったような違うような。何の漢字だったのだろう? 
とはいえ、もしかしたら失われたからこそ尊いのかも。廃墟となった神殿のように。