オブネココラム

ほそぼそ産業医 その他MD.PhD.。ご放念下さい。

珠玉のガイドランナー ピアニスト辻井伸行

辻井伸行さんがテレビに出てらした。

彼がヴァンクライバーン国際ピアノコンクールに優勝した時に、大した意味も分からずに、ご祝儀だとか自分に言い聞かせてCDを購入した事を思い出しました。コンクール課題曲は難しすぎて、どう凄いのか私にはよくわからなかったけれど、彼の奏でるショパンはあまりにも滑らかで、「辻井伸行の音楽世界」に引き込まれる様でした。圧倒的な演奏技術と、それを超える表現力の奥行き。

 辻井さんは、インタビューに答えて「私も30歳を越えて」と仰っていて、改めて、あれは2009年の事だったのかと時の流れに驚いた。その間に、私達はCDを買わなくなり、音楽はダウンロードするものとなり、私が辻井さんのCDを買いもとめた店は、今はもうない。けれども、こうやって、思い入れのある音楽CDを購入した店を覚えている。形ある物として触れること、それは何かとても大切な事だったんじゃないかと、ふと寂しくなりました。手持ちのお金を確認して、欲しいものを選んできちんと購入すると、愛着は深まり、愛された経験のある物には付喪神が、いつか宿る。

 それはさておき、辻井さんの音楽はどう進化したのか。

演奏技術が高度すぎて、聴いていると置いてかれた気分になるのが、彼の演奏の魅力でもあり特徴でした。まるで運動能力の差がありすぎる二人が一緒に走ろうとして、どうしても一方が早すぎてしまって、お互いがもどかしくなる様な感じ。そのもどかしさが、何とも珠玉なのでした。それが今や、丁寧すぎる方法で取られた和風出汁のような音楽に進化していました。本当に丁寧に取られたお出汁は、余りに雑味臭みが無さすぎて、美味しいけれど何の味かわからないという感想になるのですが、そんな境地。或いは、優秀なブラインドマラソンのガイドランナーの様に、聴く者の人生をしばし伴走する、そんな風に進化していました。辻井さんのピアノを聴くと、辻井さんにありがとうが言いたくなるのは、ガイドランをしてもらったと感じるからなのかも知れません。

 更に10年後、辻井さんのピアノがどんな風に変わるのかとても楽しみだけれど、それまで、まず聴く者達は、しっかり生き延びねば。