オブネココラム

ほそぼそ産業医 その他MD.PhD.。ご放念下さい。

私小説の冒険

「それは冒険ですね」

研究開発部の部長はそう仰ったのだと思うのです。というのは、私はその時、必死で英語を学習しなければならない時期だったのです。なぜなら、アメリカへの転勤希望を出してしまっていたから。自分でエントリーしておいて言うのもなんだけど、英語を喋れない事を思い出して青ざめていたのでした。そんなこんなで、言語モードは、聞こえてきた言語を日本語に直してから理解するというものになっていて、勢い余って聞こえた日本語を英語に直してさらに日本語で理解するというややこしい回路になっていた様でした。そんな時に、新しい研究方法を思いついて、部長の袖を引っ張り開陳してしまうなんて、若いって無敵です。そして部長のその言葉を、アドベンチャーって素敵な表現だなあ、と勝手にゴーサインと思ってしまったなんて、若いって青臭いです。

 随分と後になってからでした。あれはボスからの、あまりに上品な中止命令だった事を理解したのは。

 私は、業界雑誌は英語で読めるけれど、タイムズとかニューズペーパーとかは読めない。ハリーポッターの英語版は楽しめるけど、映画ハリーポッターは字幕なしではわからない。なんていう偏った英語運用能力は持っていました。文科省のお役人が聞いたら泣くだろうなあ、と思います。だって、その英語では、日常生活にも経済活動にも何の役にも立たないから。

さあ、大変。

という訳でもなく、無事に実験計画は進み、それなりに結果も付いてきました。そして海外転勤希望は、叶えられずでした。それで良かったんだと思っています。

そして、それは勿論、私の力ではなくボスの軌道修正能力ですよ。しかしですね、後年、何度となくボスは昔語りをするのです。

「あのプロジェクトはなあ、俺の指導で始まったんだよなあ。」

むう。