オブネココラム

ほそぼそ産業医 その他MD.PhD.。ご放念下さい。

怪我の功名でアルコール依存症を免れた

 将棋界の重鎮である先崎学さんが書いた『うつ病9段』には、うつ病の辛さが淡々と書いてある。
 うつ病の朝の辛さは筆舌に尽くしがたい。まず、ベッドから起きあがるのに最短でも十分はかかる。ひどい時には三十分。その間、体全体が重く、だるく、頭の中は真っ暗である。
 私も、そういう朝を迎えた事がある。うつ病ではなく、A型肝炎だった。ある日、しっかり眠れば朝には復活していた筈の、潤沢だった私の体力気力が、忽然と行方不明になったのだ。あれは辛かった。ベッドから身体を剥がす様にして起き上がり、座ったままでしばし息を整えないと苦しくて動きだせない。そして自分の身体をなだめすかす様にして出勤する。当時の私はそれが肝炎から来る倦怠感とは分からず、やる気がないからだと自分を叱咤して勤務を続けていた。そして職員用のエレベーターに乗って、立っているのも辛くてしゃがみ込んだりしていた。
 さすがに吐き気も酷くなったので血液検査を受けて、そのまま業務を続けていたら呼び出された。肝機能がパニック値なので即入院ですと言われたのだ。何だそれは?と思ったが、熱を測って熱があるのが分かってから急にグッタリしてくる様に、そこから倦怠感は急上昇し、あてがわれた入院ベッドに横になった頃には起き上がれない位にへばっていた。
 その後一週間位はほとんど記憶がない。ずっと頭がぼんやりして、ひたすら苦しかった。何せ寝返りを打つだけで、足を動かすだけで吐き気がするのだ。何も食べられないし、水を飲んでも吐いてしまう。薄皮を剥がす様に少しずつ回復していく体力にたのむしかない。眠っては吐き気で目覚め、嘔吐して、また眠る。そうやって薄い点滴だけで2週間過ごしていたら、すっかり痩せていた。久しぶりにトイレの鏡を正面から見ると、すっかりこけてしまった自分の顔がこちらを見ていた。ニッと笑ってみると、前歯がやけに白く見える。黄疸で黄色く染まった肌とのコントラストで歯が白く見えたのだ。
 あとで振り返ると、あれは立派な肝不全、肝性脳症だったのだと思う。記憶にはないが、何だか支離滅裂な事を言っていた事もあったらしいし。
 完全に治る前に、無理を言って退院させてもらった。数値はまだ悪かったが、A型肝炎と確定診断も付いたし、吐き気が治り少し食べられる様になったからもう大丈夫だと思ったのだ。というよりは、少し頭がしっかりしてくると、お見舞いに来てくださる方々に対して、恥ずかしさと申し訳なさが募って来るのが辛かったからだった。
 退院して、一週間ほど自宅安静にしてからの職場復帰という運びになり、とりあえず家にいた。平日の昼間にぼんやりする事なんて想像さえしない様な、いわゆるワーカホリックだったので、何をすればいいか分からなくなりそうで怖かったが、実際には近所のスーパーに歩いて行っただけで疲れ切ってしまう程にまでは、体力が落ちていた。運動会で張り切って怪我をしてしまうお父さんは、きっとこんな風に忸怩たる思いなのだろうか、とか勝手に同情しながら、ゆっくりとしか回復しない自分の体力を呪った。しかし、持て余す程の体力がないというのは持て余す時間もないので、つまり療養期間は拍子抜けするほどに早くに終わってしまった。定年後の老後になって、する事がなくなったらどうしようかと不安に感じていたのだが、何もしなくても生きているだけで体力は消耗するのだから、体力の落ちた老人には、それは要らぬ心配なのだと思うと、今では老後が少し楽しみでもある。
 肝炎を患ってから後、すっかりお酒を飲めない体質になってしまった。赤ワインを飲むと頭痛がする、飲酒をすると、なぜか頭が興奮した感じで眠れなくなるとかいう変な体質になってしまったのだった。肝炎は完全に治っているのに、実際には肝炎になる前にはあれ程大好きだった赤ワインが飲めなくなったのだ。仕方がないので、あのまま飲み続けていたら、今頃は立派なアルコール依存症に苦しんでいたのだろうから、怪我の功名だと考える事にした。
 ところで、今日に至っても仕事依存症は治っていない様だ。仕事依存症とは、少しでも暇だと、干されているのかも?なんていう被害妄想が膨らんで焦りが止まらなくなる。それで暇が怖くて、スケジュールのぎりぎりまで仕事を詰め込んでしまい疲弊してしまうというもので、アルコール依存も仕事依存も、精神の病み方、不健康さからすると恐らく同じだ。今日も、明日も仕事だ。それはとてもとてもしんどい。それでも働ける事が、頼られる事が嬉しくて出勤する毎日。産業医としては、残業減らせと音頭をとる身でありながら、この調子では、自分の仕事依存症は治りそうもない。
とりあえず、少なくとも自分が仕事依存である事が分かっただけでも良かったと思う事にしている。病識を持つ事が治癒への第一歩だから。いずれにせよ体力が尽きたら働けなくなるだろうし、その日までは馬車馬の様な人生も悪くはない。
 馬を時々休ませて、馬に充分な飼葉を与える様に、時々休んでたくさん本を読んで精神の栄養を充分に摂って、もう暫くは鼻息荒く走る事にしましょう。